物質の中には、磁石に吸引されるものとされないものがある。多くの物質は磁石には吸引されず、吸引されるものは限られている。吸引される代表的な物質は、「鉄」、「コバルト」、「ニッケル」である。昭和中期に作られた50円硬貨は、多量にニッケルを含んでいたため磁石についたが、現在の50円硬貨は磁石に付かない。国外の硬貨では、フランスの10フラン硬貨やオランダの25セント、10 セント硬貨は磁石に付く。前節では磁極(N極、S極)の間に働く力は、自然界の法則であると説明したが、磁石ではない鉄が磁石に吸引されるのはなぜであろうか。また、磁石に吸引されるものとされないものでは何が異なっているのであろうか。
上記の疑問に答えるために、図1.7(a)に示すような実験をしてみよう。強力な磁石と少し距離を離して鉄棒を配置し、クリップに近づけてみる。無論、磁石はクリップを吸引するが、鉄棒もクリップを吸引する。鉄棒が磁石になったのである。鉄棒の磁極を調べてみると、図1.7(b)に示すようになっていることがわかる。
なぜ、磁石を近づけると鉄棒が磁石になるのだろうか。その理由を説明したのが、図1.8である。図1.8(a)に示すように、鉄棒はもともと原子磁石から構成されている。しかしながら、原子磁石の方向が一つの方向には揃っておらず、N極とS極が打ち消し合って鉄棒の端には磁極が表れていない。磁石を近づけると、1.1.2項で説明したように、鉄棒に磁界が作用し、鉄棒内の原子磁石が一方向に揃うのである(図1.8(b))。これは磁石を近づけると磁針の方向が揃うのと同じである(図1.8(c))。
磁石が近づくと,原子磁石が一方向に揃い,鉄棒も磁石になる.
原子磁石をもった物質の中には、原子磁石の向きが一度決まると、容易にはその方向を変えない物質と、容易に方向を変える物質がある。前者は磁石となり、後者は磁石に吸引される物質(例えば鉄)となる。原子磁石をもっている点では、両者は同じ種類の物質である(専門用語では、強磁性体とよばれる)。
最後に、磁石に吸引されない物質について考えてみよう。吸引されない物質は、上記の現象が起こらない物質である。すなわち、
① 原子磁石をもたない。
② 原子磁石はもっているが、磁界中でも磁力線の方向に揃わない。
の2つの場合がある。磁石に吸引されない物質の多くは①である(例えば、プラスチック、紙、木など)が、中には②の物質もある。