長崎大学・プラズマ工学研究室のホームページ
環境に優しいZnO系透明導電膜作製プロセスの研究
フラットパネル表示器や太陽電池には透明で導電性を有する縮退半導体の酸化物(TCO)薄膜でできた電極が用いられています。その主流はスズ添加酸化インジウム(ITO)ですが、 人体に無害で環境にやさしく資源枯渇の問題がない酸化亜鉛(ZnO)薄膜が次世代TCOとして有望視されています。 高品質なZnO系TCO膜を、半導体基板やガラス基板だけでなく熱変形しやすいフィルム上に、低温で均一に、できるかぎり高い成膜速度で成膜することが理想ですが、それは容易ではありません。 本研究では、各種診断に基づくプラズマと表面との相互作用の理解を通して成膜プロセスの解明を図り、成膜プロセスの最適化を行います。
産業界で広く利用されている伝統的な容量結合プラズマを用いる高周波マグネトロンスパッタリング(RFMS)[左上の写真]では、基板上の膜の抵抗率が非常に不均一になります(特性の優れた部分とそうでない部分があります)。 一方、高電子密度の誘導結合高周波プラズマで支援した直流マグネトロンスパッタリング(ICP支援DCMS)[左下の写真]では、基板上の膜質の空間均一性が大幅に改善されますが、低融点プラスチック基板への適用は困難です(基板に入射する熱流束が大きすぎて、熱変形が生じます)。これまでの研究の結果、RFMSでは、酸化物ターゲットのイオン浸食領域から発生した高エネルギー酸素負イオンが成膜基板に入射することにより、 導電性が低下することがわかってきました。また、高エネルギー負イオンが入射しない位置に基板を設置することで、成膜速度はやや低下しますが、膜質の均一性を大幅に向上できることもわかってきました。 他方、ICP支援DCMSでは、15eV程度のエネルギーをもつ大量のAr正イオンが基板入射することで意図的な基板加熱なしでも高配向結晶化が促進され、また、RFMSより動作気圧が高いこととターゲット電位が低いことが相まって、膜質低下(高抵抗化)をもたらす酸素負イオンの基板入射エネルギー束が大幅に抑制されると考えられます。
これらの仮説を直接検証するには、基板に入射する荷電粒子種や中性粒子種のエネルギー束を直接把握することが重要です。 また、膜と基板との界面におけるバッファ層の作り込みが、膜特性に大きな影響を与えることが指摘されており、その観点からの調査も必要です。
プラズマプロセス機構解明に向けた各種プラズマ診断法の開発と適用
当研究室では、ラングミュアープローブやサーマルプローブを用いた荷電粒子の電気的プローブ法計測の他に、 各種の非接触光学計測法(発光分光法、レーザー吸収法、レーザー誘起蛍光法、レーザー光脱離法など)を用いてプラズマの診断を行っています。
先端的な研究成果を得るには特殊で高価なレーザー装置の利用は魅力的ですが、その保守・維持・管理・更新は容易ではありません。 一方、半導体技術の進展により、小型で安価な高性能半導体レーザーが、最近、比較的安価に入手できるようになってきています。
現在当研究室では、外部共振器型半導体レーザー(ECDL)を用いたプラズマ中の粒子計測に注力しています。 中性原子やイオンの密度と熱運動(温度)を非接触で精密計測することは、プロセスの理解と制御に重要です。 本研究では、ECDLを用いて原子・イオンの吸収・蛍光スペクトル形状を精密計測します。 これまでにリトロー型ECDL(左上の写真)を製作し、準安定Ar原子の速度分布関数を吸収分光により測定し、プラズマ中の気体温度を調査し、プロセス理解に役立てています。 しかし、ドップラーシフトが大きな粒子種に測定対象を広げるためには、モードホップフリー(発振モードが突然ジャンプする現象が発生しない)範囲を大幅に拡大する必要があります。 そのために、リットマン型ECDLの開発も行っています。また、局所的な情報を得るために、レーザー誘起蛍光分光(LIF)の利用を検討します。 なお、プローブ法に関しては、現在、基板入射イオンのエネルギー分析のためのマルチグリッドエネルギーアナライザーを開発中です。
スパッタリング法による磁性膜の形成
Nd-Fe-B系の磁石は他の希土類系化合物と比較すると、高い磁気エネルギーを有するものの、耐熱性が低く(磁性体が磁性を失う温度であるキュリー点が312℃)、ハイブリッド自動車用モータ等に使用する際に保磁力が低下します。 そのため、ジスプロシウム(Dy)という重希土類元素を添加することで熱減磁を抑制しています。 しかし、Dyは資源量に限りがあり、産出地が偏在し、価格変動リスクがあるなどの理由から、重希土類元素を用いないNdFeB磁石の開発が課題となっています。 一方、MEMSなどの応用からは永久磁石の小型化が要請されており、高性能薄膜磁石の開発が重要視されています。
本研究では、NdFeB/Ta交互積層膜の利用により、耐熱性に優れた磁性薄膜を形成することを目標として研究を行っています。 これまでに、NdFeB/Ta一層膜を成膜後パルス熱処理により膜を結晶化し、磁気特性を評価した結果、他のスパッタリング法やパルスレーザーデポジション法で報告されているハード磁気特性と比較しても遜色ない値が得られることがわかりました。 今後、プロセスの最適化と積層化を推し進めることにより、更なる特性改善を目指します。
※本研究は、磁性材料が専門の長崎大学:中野教授・福永教授の協力を仰いで実施しています。